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九十九里七福神めぐりは、上野・寛永寺の開祖、慈眼大師天海僧正が創設者と言われています。経典(仁王経)の七難即滅・七福即生の文に基いて七つの神々が夫々の御徳を授けられ万人が幸せで心豊かな生活が得られるよう七福神の信仰を勧めたと伝えられております。天海僧正が徳川家康公との語らいで「公の生涯は全く長寿・富財・人望・正直・愛敬・威光・大量の七福を備え給うた故に国難な天下統一の大業を完成されました。平和な国土を築かれたがこれは神様で申し上げると丁度、寿老人の長寿、大黒天の富財、福禄寿の人望、恵比寿の正直、弁財天の愛敬、毘沙門天の威光、布袋尊の大量に例えられ七福神となります。」

山武市観光 - 文化/歴史:七福神めぐり


九十九里七福神めぐり
七福神巡り行程 [JR成東駅を起点としたコース]
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七福神巡り行程 [JR松尾駅を起点としたコース]
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インフォーメーション
わが街ご案内処 0475-82-2071
九十九里七福神めぐり事務局 0475-82-4597(光明寺内)
御朱印 御朱印紙 500円・御朱印代 1ヶ寺200円

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仏教の護法神で、四天王の一尊。多聞天とも呼ばれる。インドのヒンドゥー教の神で、ヴァイシュラヴァナをルーツとする。形態には色々あるが、一般的には甲冑を身につけ、憤怒の表情をして、左手に宝塔を掲げ、右手に鉾または、宝棒を以って、鬼の上に居る姿で表されます。武神であるが民間では、勝負事の神として敬われています。ですが、戦闘の神様がなぜ、福の神の集まる七福神の一員になったのかは未だ謎となっています。

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道教の神、長寿を授けると言われている。中国の宋時代の人物を偶像化した神とも伝えられている。一般的に、形態は小柄な老人が鹿を連れて巻物をつけた杖を持つ姿で表されます。だが、七福神の一員として以外で個別に信仰されることはなかった。また、南極星の化身とも言われるため、同じ言い伝えのある福禄寿と異名同体とされるなど、混同されることが多いようです。

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仏教の護法神。元はインドのヒンドゥー教の神であるシヴァ神の化身であったマハーカーラで訳が大黒天である。形態は、元は名前のとおり青黒い体に憤怒の形相をしていました。日本では一般的に、ふくよかな顔に頭巾を被り、左肩に大袋を担ぎ、右手に小槌を持って米俵の上に乗っている姿です。姿の変化は、中国で大黒天の益の財福が強調され厨房に祀られた姿が伝わり、神道の音韻が似ている豊穣の神である大国主之命と融合していった為と思われます。日本には最澄によってもたらされ天台宗の寺院に祀られたのが始めといわれています。

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道教の神、幸福と禄、長寿を兼ね備えるという福神。福禄人とも呼ばれる。中国では元は福星・禄星・寿星の三星をそれぞれ神格化したものであった。形態は一般的に単身で長い頭、長いひげをたくわえた顔に、お経の巻物を結んだ杖を持つ姿で表されます。七福神の一員として以外個別に信仰されることはありませんでした。寿老人と同一視されることも多いようです。

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中国に実在したといわれる仏教の僧。この僧の本来の名前は釈契此といったが、常に袋を背負っていたため布袋という俗称が付けられたといわれています。この僧には逸話が多く後に弥勒の化身と言う伝聞が広まったといわれています。その為没後あまり経たない頃から布袋の像を書く習慣が始まったとされ、中国では形態は布袋になぞらえ太鼓腹の姿で書かれるようになります。日本では、肥満気味な体に堪忍袋を持つ姿で一般的に表されます。その為、広い度量や円満な人格、ま富貴繁栄をつかさどる神として敬われるようになりました。

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インドのヒンドゥー教の女神。女神はサラスヴァーテーといい、聖なる川という意味で、水・音楽の神とされ、福徳・学芸の神としても崇められます。本来は、弁才天と書きますが、財福の神として日本では弁財天と書かれるようになりました。形態は、琵琶を弾く天女で表されるのが一般的です。

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日本古来の外来の神と言われます。元は非常に複雑で、蛭子命(イザナギ・イザナミの子)・事代主神(大国主命の子)・少彦名命などからと色々な説がある。ゑびす・蛭子・夷・戎など表記も色々であり、海を渡って来た神とも考えられています。ですが、一般には大漁追福の神であり、商売繁盛・五穀豊穣をもたらす神とされています。そのため形態は、ふくよかで鯛を釣っていたり、持っている姿で表されます。